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靖国神社に行ってきました。

先日、九段にある靖国神社に参拝してきました。
僕の通っている早稲田大学からは乗り換えなし、電車で10分くらいの時間で行くことができました。普段自分がよく見ている景色が、わずか10分移動するだけで雰囲気が全く違ったことが印象的でした。

一つ目の鳥居をくぐるとまず目に入ったのはとても大きな大村益次郎の銅像でした。彼の名前と主な活躍は高校時代に日本史で学んでいました。しかし、銅像の下に書いてある彼についての紹介を読んでいくうちに、自分が学んだことは単なるデータでしかなかったのだなと思い知らされました。歴史の知識を頭に入れることと歴史を知ることは似ているようで違うものだと感じました。

二つ目、三つ目の鳥居をくぐって行くと本殿にたどり着きました。
そこでは今までなかなか経験したことのない感覚に包まれました。畏れ多い感覚、というのでしょうか。普段の生活ではくだらないことにばかり気を回している自分が、とても卑小な人間であるように思えました。

時間外であったため就遊館は見学できなかったので、英霊の言乃葉を購入し、神社内で読むことにしました。英霊たちの遺書を読んでいるうちに神社の荘厳な雰囲気も相まって涙が押し寄せてきました。普段、感動モノの映画なんかを見て流す涙とは全く違う物でした。

以上がその日僕が体験した大まかなことです。

僕が危惧するのは僕が今日見知ったことのほとんどが、学校の教育では教えられていないということです。今の中高、いや、大学生まで含めたとして、東京裁判で日本人全員無罪を主張したパール判事のことを知っている人がどれだけいるでしょうか。もしかすると靖国神社は何のために存在しているかを知らない学生もいるかもしれません。
また、日本では歴史の話になると「あの人は思想が・・・」という風になってしまいがちですが、日本を守るために戦った人たちを参拝することは、なんの躊躇もなくすべきだと思います。正しく歴史を知り、学ぶことの重要性を痛感した一日でした。

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7号室 中川翼

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真剣に靖国神社と向かい合うことはいいことです。

よく行ってくれましたね、有難う。
私の少年時からの友人も、靖国神社に祀られています。宇和島商業学校16期生で7人、祀られています。
何年か前、九島の方を案内して靖国神社に昇殿参拝しましたら、この方が、帰りの回廊のところで慟哭しました。私はちょっと恥ずかしいほどの大声で泣かれたのですが、この方はお父さんが祭られています。この神社には日本人の忘れかけた愛国心が宿っています。
国家が危機に面したとき、為政者を批判ばかりする人はごく一部で、ほとんどは国もために身を投げて闘います。もちろん私もそうでした。通算5年戦場に居ましたが、不思議に助かって今があります。
どうか、今度行かれるときには、就遊館をゆっくり見てください。パール検事のように堂々と自論を言った人を見習うべきです。私は8月15日には必ず記録映画「東京裁判」を見ますが、このような裁判は勝者のエゴです。皆さんはもっと戦争について真剣に学んでほしい。それが平和への一歩です。
靖国神社に「鎮霊社」という、世界中の戦争で倒れた人々を祀った社があります。今も毎年合祀されています。死ねば味方も敵もすべて守護神になるのです。日本人にはそういう観念があるのです。こんど行かれたらここも参ってください。
大村益次郎が宇和島に来なかったら、日本に近代兵学が定着するのはずっとずっと遅れたでしょう。近代へ医学は個人戦ではなく、集団、団結の兵法です。大村益次郎にそれを短期間で学ばせた伊達宗城と宇和島の風土を今一度考えてみてはどうでしょう。
国を靖めるにはどうすればいいか、「平和、平和」とだけ言っていても平和にはなりません。
『南豫明倫館』に、大村益次郎はじめ国の平和を思った人々について書いておきましたから、その観点で今一度読んでみてください。


No title

コメントいただきありがとうございます。自分自身これまでそういったことへの関心がなかったことを強く恥じています。
日本ではなぜか戦争の話題になると「日本はとてもひどいことをしたんだ、だから、反省と謝罪をしなくてはならない」というように言われてきたように思います。しかし、それは間違った考えだと最近になってやって気づかされました。戦争で戦った日本の人たちは、なにより自国を守るために戦ったはずです。戦争を経験していない私たちが、日本を守るために戦った人たちに感謝こそすれ、批判、罵倒などをするのはお門違いもいいとこです。ましては、その人たちが祀られている靖国神社への参拝を、国家の首相がためらうような国もおかしいと思います。正しい愛国心を受け継いだ世の中を作っていきたいと思います。

国家の在り方

コメント感謝しています。
江戸時代、有名な儒学者が、弟子に、「もし、孔子や釈迦を大将にして日本を侵略してきたら、君たちはどうするか?」と訊ねますと、さすがの弟子たちは絶句して、「そんあことはありません」というと。その学者は「攻めて来たものがたとえ孔子であろうが釈迦であろうが、敢然と闘う。それが彼らの教えだ」といったそうです。
私も同じことを今の若い人に言ったことがあります。「アメリカが攻めてきたら、君はどうする」って。ところがその若者は「そんなことありません」といいました。「ないとはいえない。その証拠に、あの戦争時、徹底的に経済封鎖をしたのはアメリカだったのだから」
私はいま、三間の戦国時代について考え、まとめていますが、私たちの先人はいくら侵略されても、子孫にまで影響させないよう必死で抵抗しています。平和を求めるには武力以外にもさまざまな手立てがあります。侵略者には侵略するだけの理由があったことも事実です。
一度、戦争と平和について、徹底的に討論されることも、じゅうようでしょう。国家とはなにか?愛国とはなにか?戦争について徹底的に討論することこそ平和への第一歩です。風潮や他国の謀略に惑わされない、貴方たちの真の気持ちで話し合うことです。必要であれば私もいつでもお役にたちます。
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